淡路島(あわじしま)は、美しい海と自然、リゾートやグルメで人気の島。
しかしその魅力の根底には、日本の始まりに深く関わる壮大な歴史 が息づいています。
本記事では、「淡路島 歴史」というテーマで、
国生み神話から古代・中世、伝統文化、近代、そして現代まで をわかりやすく解説。
観光とあわせて楽しめる歴史スポットも紹介します。
目次
淡路島とは|日本の歴史が始まった島
淡路島は兵庫県の瀬戸内海東部に位置し、本州と四国の間に浮かぶ島です。
古代には「淡路国(あわじのくに)」と呼ばれ、海上交通・食文化・信仰の要所として、日本の成り立ちを支えてきました。
現在の淡路島はリゾート地として知られていますが、その風景のひとつひとつに、何千年も前から続く物語 が刻まれています。
国生み神話|淡路島は日本で最初に生まれた島
淡路島の歴史を語るうえで欠かせないのが、国生み神話 です。
日本最古の歴史書『古事記』『日本書紀』によると、
神々 伊弉諾尊(いざなぎのみこと) と 伊弉冉尊(いざなみのみこと) が、天の沼矛で海をかき混ぜ、
最初に生まれた島が 淡路島(淡道之穂之狭別島) でした。
さらに詳しく知りたい方はこちら
国生み神話とは?淡路島が日本の始まりとされる理由
この神話から、淡路島は「日本の原点」「はじまりの島」として、今も特別な意味を持ち続けています。
伊弉諾神宮と神話の聖地
淡路島には、国生み神話にゆかりのある神社が点在しています。
伊弉諾神宮
伊弉諾神宮は、日本最古級の神社の一つとされ、
国生みを成し遂げた伊弉諾尊を祀る由緒ある神社です。
島の信仰の中心であり、夫婦円満・縁結び・国家安泰の神としても親しまれています。
詳細はこちら伊弉諾神宮|日本最古級の神社と淡路島の歴史
おのころ島神社
「おのころ島」は、神話の中で最初に生まれた島。
その伝承地のひとつとされるのが おのころ島神社 です。
大きな朱色の鳥居が印象的で、神話の世界観を体感できる人気スポットです。
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おのころ島神社|国生み神話の聖地を訪ねて
古代の淡路島|御食国と海人(あま)の島
弥生時代から古墳時代にかけて、淡路島は 海人(あま) と呼ばれる海の民によって支えられていました。
彼らは優れた航海技術を持ち、瀬戸内海を行き交いながら、塩・魚介・海産物を供給していました。
淡路島はやがて、朝廷に食を献上する 「御食国(みけつくに)」 として重視されるようになります。
この頃から、淡路島は「豊かな海と食の島」として、日本の中心を支えていたのです。
中世〜江戸時代|交流と文化が育まれた時代
中世の淡路島は、瀬戸内海航路の中継地として栄え、
人・物・文化が行き交う交流の島となりました。
江戸時代には比較的安定した時代が続き、
農業・漁業・塩づくりなど、島独自の暮らしと文化が成熟していきます。
淡路人形浄瑠璃|500年続く伝統芸能
淡路島の歴史文化を象徴する存在が 淡路人形浄瑠璃 です。
約500年前に始まったとされ、全国に広がった人形浄瑠璃(文楽)の源流の一つ。
現在も「淡路人形座」で、その伝統が受け継がれています。
観光として楽しみながら、島の歴史に触れられる貴重な文化です。
近代史|阪神・淡路大震災と復興
1995年、阪神・淡路大震災は淡路島にも大きな被害をもたらしました。
島内には震災の記憶を伝える施設や公園が残され、
防災・命の大切さを今に伝えています。
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この経験を経て、淡路島は「安心・安全な島づくり」を進めてきました。
明石海峡大橋と現代の淡路島
1998年に 明石海峡大橋 が開通し、淡路島は本州と陸続きになりました。
これにより観光・産業が大きく発展し、現在では
歴史 × 自然 × リゾート が融合する島へと進化しています。
まとめ|淡路島の歴史は、今も旅の中に息づいている
淡路島は、
日本の始まりを伝える 国生み神話
古代国家を支えた 御食国
受け継がれる 伝統芸能
震災からの 復興と発展
これらすべてを内包した、生きた歴史の島 です。
淡路島を旅することは、
日本のルーツをたどる時間そのもの。
ぜひ、風景とともにその歴史を感じてみてください。








